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【年齢】27歳 【僕のこと】大学生時代、アジアをバックパッカーで放浪し、卒業後は1年半のタイ駐在を経験。現在は世界中の文化・言語を扱うメディアを運営中。

【若者が考えた】日本でシェア文化が広がる理由は熱帯の原住民が教えてくれる。

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こんにちは!

ひつじです。

 

結論から言いましょう。今、日本で若者を中心にシェア文化が広がる理由は、「未来への希望の無さ」、これです。

 

なぜこれまで個人所有が中心だった日本社会で、シェア文化が広がるのか?

 

その答えはブラジルのアマゾンやインドネシアの狩猟採集社会で生きる原住民が教えてくれました。変化の激しい大自然で生きる彼らは、個人の独占所有を嫌い、食べ物や財産を家族・仲間に均等に分け与えることに徹底的に拘ります。

 

一見正反対かの様に見える日本社会の若者と、熱帯の原住民、しかし両者には「将来のことを考えても無駄だという共通項があります。そしてこれが今日本でシェア文化が広がる正体です。

 

それでは日本が今「所有する社会」から「シェアする社会」に変化している理由をもう少し詳細に考え、これからの未来や、人間の生きる意味を考えていきたいと思います。

 

 

そもそも本当に日本でシェア文化が広がっているのか?

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Airbnbでいろんなわが家に旅しよう

 

それでは本当に今日本でシェア文化は広がっているのでしょうか?見ていきましょう。

 

 

これらは僕が大学生以前は、殆ど耳にすることがありませんでした。実際、有名なカーシェアサービスであるUberや、民泊サービスのAirbnbはそれぞれ2009年、2008年にアメリカで誕生したにも関わらず、日本で市民権を得出したのはここ数年の出来事です。日本でもシェア文化が受け入れられる地盤が十分に出来てきたと言えるでしょう。

 

僕らは、日本社会への「絶望」と「閉塞感」が共通認識

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平成18年版 科学技術白書 第1部 第1章 第2節 1−文部科学省

 

平成3年(1991年)前後生まれの僕らは、生まれた頃から、日本は不景気だと言われて育ち、リアルタイムで日本の経済力が弱まってきているのを見てきた世代です。実際僕がまだ小学生の時は「ジャパンマネー」という言葉をよく聞きましたし、日本の家電も世界を席巻していました。それがいつしか「チャイナマネー」に変わり、家電は韓国・中国の企業に取って変えられました。そして「少子高齢化」「人口減少」「年金問題」「自殺」「ブラック企業」「所得格差などの言葉を刷り込まれ育ってきた僕らは、日本の将来に対して希望を抱くどころか、「絶望感」「閉塞感を感じてきました。このような若者が増えるとどうなるでしょうか?次で、今ブログとプログラミングを通して月収1,000万を達成した、海外在住のマナブさんや、有名ブロガーのイケハヤさんを例に見ていきましょう

 

日本に絶望する人はgive & シェアをする

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例えば僕が尊敬するブロガーの一人であるマナブさん。彼は将来が有望な若手のプログラマーや、ブロガーに無償でお金を与えます。ブログやYouTubeで、プログラミングやブログ運営に関する、有料級の情報を無料でシェアし続けてくれています。彼は現在、タイやマレーシアに生活のベースを持ち、ブログ、YouTubeTwitterを通して情報発信をすることで生活をしています。

 

彼のモットーは「100give・1take」

 

有益な情報を100giveすれば、受け手は何かしらの恩返しがしたい、という感情湧く。こういった感情を持った人が周りに、巡り巡ってgiveしている人のところにリターンが帰ってくる」と言います。

【人生が変わる】個人で稼ぐために大切な思考法【5つある】 - YouTube

 

この考えってまさにインドネシアの熱帯ジャングルに住む「プナン」の考え方、まんまなんです。

 

ちなみにこの「100give 1take」のスタンスって彼だけでなく、同じく有名ブロガー・イケハヤさん(最近ではYouTuberと言った方がいいのかもしれないが)だったりも同じように、有益な情報を無料でシェア、それだけでなく、将来有望な若者にPCを無償で提供しています。

 

しかしながら、彼らは少なくとも日本の現状や、未来に絶望してもいます。こんな風に。

 

マナブさんブログ ↓

manablog.org

 

イケハヤさん動画 ↓

www.youtube.com

 

彼らの行動は、「日本へ絶望」しながらも、give & シェアすることで、絶望の未来を生き抜こうとする生き物としての生存本能だと思うのです。

 

同じような行動を、インドネシアに住む狩猟採集民であるプナンや、アマゾンに住むピダハンもします。彼らは「未来に絶望しているのではなく」、「未来を考える必要がない人たち」です。

 

狩猟採集民とは

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ここでそもそも狩猟採集民とはどういう人たちでしょうか?

 

動植物の狩猟採集によって生活する諸民族。 狩猟採集の経済形態は牧畜や農耕に先立つ最古の経済段階である。 今日でも熱帯の密林や大陸の縁辺部などにごく小さな集団を形成し,狩猟採集によって生活している民族があり,居住形態により,遊動的狩猟採集民と定着的もしくは半定住の狩猟採集民に分類される。 

狩猟採集民(しゅりょうさいしゅうみん)とは - コトバンク

 

我々農耕民族が経済の中心になるずっと前から経済活動を行っていた人たちですね。農耕民族が、計画的に財を蓄えるのに対し、大自然で生きる彼らは、狩猟で得た獲物や、財を均等に分配することを最も大切にしています。

 

未来という概念がない インドネシアの「プナン」とブラジルの「ピダハン」

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https://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%8C%E3%81%A8%E3%81%86%E3%82%82%E3%81%94%E3%82%81%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%95%E3%81%84%E3%82%82%E3%81%84%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E6%A3%AE%E3%81%AE%E6%B0%91%E3%81%A8%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%A6%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%8C%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8-%E5%A5%A5%E9%87%8E-%E5%85%8B%E5%B7%B3/dp/4750515329

 

ありがとうもごめんなさいもいらない 森の民と暮らして人類学者が考えたこと』という本で、著者がインドネシアのプナンという狩猟採集民社会にフィールドワークします。その中で彼は、プナンの未来観について下記のように書いています。

 

未来についてもプナンはほどんど語ることはない。「将来、私はこうしたい、こうなりたい」ということを共同体のリーダーや小学校を出た数少ない「エリート」以外はほどんど口にしない。子供に対して、「将来、何になりたいの?」と、将来の夢を尋ねることはまったく意味をなさない。

(奥野克巳(2018年)ありがとうもごめんなさいもいらない 森の民と暮らして人類学者が考えたこと 亜紀書房

 

ブラジルのアマゾン流域に住む「ピダハン」という狩猟採集民はプナンと同じく、「ありがとう」「ごめんなさい」という言葉を持たず、過去・未来の言葉どころか、その概念すら存在しない。

 

変化の多い大自然で未来のことを考えても無駄であるため、このような文化・言語社会になっているのかと思います。

 

何も持たない人が「キング」になるプナン社会

 

プナン社会では、今の日本と若者文化と同じく、Giveする人が最も偉大な人物となります。

 

プナン社会では、与えられたものを寛大な心ですぐさま他人に分け与えることを最も頻繁に実践する人物が、最も尊敬される。そういう人物は、ふつう最も質素だし、場合によっては、誰よりもみすぼらしいふうをしている。彼自身は、ほとんどなにも持たないからである。ねだられたら与えるだけでなく、自ら率先して分け与える。何も持たないことに反比例するかのように、彼は人々の尊敬を得るようになる。そのような人物は人々から「大きな男(lake jaau)」、すなわちビッグ・マンと呼ばれ、共同体のアドホックなリーダーとなる。

(奥野克巳(2018年)ありがとうもごめんなさいもいらない 森の民と暮らして人類学者が考えたこと 亜紀書房

 

これって個人で財を多くの財を蓄えた人がキングになった、少し前の日本社会といは正反対ですね。

 

変化の激しい社会では資本を独占することがリスクになる

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例えば、今日あなたが森に出て、大きなイノシシを取ったとしましょう。でも動物が相手であれば、明日同じような獲物が取れる保証はどこにもありません。農耕民族のように家畜を育て、作物を育てていれば、計画的に獲物を手に入れることができますが、変化の多い大自然で生きる彼らは、明日、今日と同じ獲物が取れるとは限らないのです。

 

今日取れた獲物をあなた一人で平らげてしまえば、今日はお腹いっぱいになりますが、明日は獲物が取れず腹ペコかもしれません。反対に隣の家に住む男は昨日は全く獲物は取れませんでしたが、今日はたっくさんのイノシシを捕獲したとすれば、彼に分けてもらいたくなるでしょう。しかし、昨日獲物を一人で平らげ、お腹いっぱいになったあなたに、彼が今日捕獲したイノシシを分けてくれるとは、まあ普通考えにくいですよね。でも昨日取れたイノシシをあなたが、彼に分けてあげていたとすれば、今日、彼がイノシシを分けてくれるでしょう。

 

このようにして狩猟採集民はシェア・Giveすることでリスクを消しながら、変化の多い大自然を生きているのです。

 

「未来に希望なない民族」と「未来を考える必要がない民族」

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未来に希望がない日本人と、未来を考える必要がないプナンの取る行動は一緒。結局人間って何千年経とうが、何万年経とうが、生き物としての本質は変わらないんですよね。これからはAIや5Gや遠隔医療やVRや、様々技術が発展し、何か「違う世界」になっていくような感覚すら覚えますが、人間としての本質は「生きる」こと、これは原始世界に生きるプナンも、最先端の世界を生きるマナブさんやイケハヤさんだって同じ。

 

「生きるために生きる」

 

自分で言ってて何かよくわからないけど、多分これはずっと変わらないんだと思う。

 

まとめ

日本でシェア文化が広がる理由は、「日本社会が絶望」だということ、そしてその未来を生き抜くために、give & シェアすることで、生きるためのリスクを取り除いているのが、今最先端の世界で生きる人たちでした。この「give & シェア」はインドネシアの原始世界で生きるプナンも全く同じでした。彼らは、惜しみなく分け与えることで、変化が激しく厳しい自然を生き抜いています。

 

ITを駆使し、最先端の世界で生きる人たちと、何万年も前から変わらぬ生活を今も続け、原始世界を生きる人たちは、なぜか同じ理念に従って生きています。

 

どんなに世界は変わっていこうとも、生き物としての本質は何も変わらない。これからずっと何も変わらないんだと思います。

 

ちなみに僕はいま27歳ですが、「27歳が若者か否か」ということを考えるのは、もう少し先にします。

 

おわり

ひつじ。

 

 

 

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