仕事終わり、駅に向かう途中、遠くの方で祭りの音がした。
帰り道とは反対方向へ歩いて行くと、大きな鳥居、提灯、そして道の両脇にはたくさんの屋台と溢れる人々。
「夏はとっくに終わったはずなのに…」
火の灯る提灯には、「神農祭」と書かれていた。きっと遠い昔、豊作を祈願する人々が作り上げた祭りなのだろう。
時刻は夕方16時。ニビ色に染まるオフィス街の冷たい風が気持ち良い。
人混みのを掻き分け道を進むと、初冬には似つかわしくない、暖かい空気があたりを満たしていた。
カステラを買う親子、金魚掬い、木製のピンボール。暮れ始めた淡い空の色と、人々の笑顔、話し声。
嘘偽りなく幸せで暖かな空気は、普段の街とはまるっきり違って見えた。それは無機質な砂漠のオフィス街に突如現れたオアシスのようだった。
嘘と作り笑いの接着剤で塗り固めたスーツを着込み、砂漠を歩く日々を思うと、目の前に広がる光景はにわかには信じがたい。
きっとこのオフィス街がもっと原始的な風景だったときから、この祭りは続いているのだろう。顔も名前も知ることもない、古い古い人たちによって打ち始められた鼓動。
その鼓動はどんなにときを経て、景色が変わったとしても途切れることはない。
数百年前から続く古の灯火は、この先もずっとずっと灯り続けるのだ。
ひつじ。
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