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【年齢】28歳 【僕のこと】大学生時代、アジアをバックパッカーで放浪し、卒業後は1年半のタイ駐在を経験。現在は世界中の文化・言語を扱う月間18万PVのブログを運営中。

英語学習の未来は?AIが発達しても英語学習が必要である理由。

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こんにちは、aoのひつじです。

 

ポケトークって知ってますか?

 

この前海外出張に行く時、空港でモバイルWi-Fiを借りようと思って列にならんでたら、前の人がこれかりてたんです。

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僕らが日本語でポケトークに話したら、瞬時に英語に翻訳されて、相手に伝わる、相手が英語を話したら、日本語に瞬時に翻訳されると。

 

AIが入っていて、ネットに繋がって、フランクな会話も、長文もスラスラ翻訳してくれえるらしい。まさにドラえもんに出てきた「ほんやくこんにゃく」ですな。

「翻訳 コンニャク」の画像検索結果 

 

フィリピンに旅行に行く人ぽかったから、日本語⇄英語の通訳をさせるんだと思うけど、この光景を見てね、今後英語学習とか言語学習の未来ってどんな風になっていくんだろうって思ったので、今日はそれを記事にします。

 

 

対人コミュニケーションは90%以上が「非言語」である

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メラビアンの法則って知ってますかね。「7・38・55ルール」ってやつ。何かっていうと、コミュニケーションにおいて、話し手が聞き手に与える影響を数値化したもの。

それがこんな感じ。

 

  • 言語情報:7%(話し手が発した言葉の内容)
  • 聴覚情報:38%(声のトーン大きさ、話し方(口調)話す速さ、など。)
  • 視覚情報:55%(話し手の表情や目線、態度、仕草、見た目、ボディーランゲージなど) 

 

言葉の内容って7%しか、コミュニケーションにおいて影響をしない。逆に表情や、見た目が55%と半分以上を占めている。これ結構衝撃的じゃないですかね?話しをしている人ってどっちかというと、これの真逆だと考えている人が多いと思う。

僕は少なくとも、「話した内容」が少なくとも半分以上はコミュニケーションに影響を与えると考えていました。

 

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例えば僕が「このラーメンめっちゃ美味しいよ」って誰かに言ったとき、本当に美味しいかどうか判断する根拠の93%は、僕の声のトーンだったり、表情だったりするわけです。僕が下を向きながら、小さい声で言ったとしたら、「ほんまに美味しいんかな…?何か騙そうとしてない?」って思われるでしょう。

 

逆に目を見開いてハリのある声で「このラーメンめっちゃ美味しいよ!」って言ったら、聞き手は「ほんまに美味しいんだな、食べてみたい!」ってなる確率は高い。

 

こんな風に人間は「このラーメンが美味しい」かどうかの判断基準は7%が僕の発した「このラーメン美味しいよ」という言葉から、その他90%以上は僕の声や表情からそれが本当がどうか判断している、これがメラビアンの法則

 

この数値って日常生活で無意識に意識してるんだろうけど、こうやって改めて数値で出されるとびっくりだよね。

 

ポケトークに聴覚情報や視覚情報は再現できない

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でね、ポケトークに向かって「このラーメン美味しいよ」っていうと多分、マイクから、「This Ramen is very delicious」 って機械の声が出てくるんだろうね。

 

文法も完璧。翻訳のスピードも早い。でも僕がどれだけ大きい声で「このラーメン美味しいよ!!」って言ったとしても、同じ音量で「This Ramen is very delicious」ってマイクは言うだろうし、目を見開いて「このラーメン美味しいよ!!」と言ったとしても、同じように「This Ramen is very delicious」って言うだろう。

 

残念ながらコミュニケーションに大事な、93%の聴覚情報や視覚情報は翻訳することができない。

 

それだったら、どんなに不慣れな発音でも、時間がかかっても、自分の声と表情で、

「This Ramen is very delicious」って言った方がいいし、「ก๋วยเตี๋ยว นี้ อร่อย มาก」
タイ語でこのラーメンとても美味しい、という意。)の方がとても価値があるし、コミュニケーションの質も高いと言える。

 

機械翻訳では文化を理解することができない

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去年だったかな、タイかどっかに行くときに、台湾でトランジットがありました。次の便までに少し時間があったから、空港内をブラブラしてたんです。その時の経験っていうのが結構衝撃でした。

 

台湾では「シエシエ(謝謝)」ありがとう、っていう言葉が会話の中にたくさん出てくるんです。

 

例えば、空港のベンチで台湾の人に席をゆずったとき「謝謝」。エレベーターを降りるとき、ボタン押し係をしていたら「謝謝」。日本だったらまずこうは言わない。

 

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僕らはこういう場面で「すみません」と言う。この「すみません」ってすごく日本的だな、と思っていて、この「すみません」の前には「(こんな私の為にあなた様の席を譲って頂いて)すみません。」とか「(忙しいのにこんな私のために、親切にもボタンを押して頂いて)すみません。」という意味が隠れている。

 

これってただ「すみません」と言う言葉を聞いてただけじゃ、割と言葉の本質を理解しにくい。「すみません」と言う言葉を発しながら、頭を下げ、腰を低くし、いかにも申し訳なさそうにする姿を見てはじめて、この場面で「すみません」が出てくる意味を理解する。まさに日本の謙遜の文化を象徴してますね。

 

これをポケトークでは「すみません」→「Sorry」と訳されるのだろうけど、言葉だけ、文字だけ見ていたら、この謙遜という文化を理解することはまあ無理だと思う。

 

人間は人間が好き

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結局のところ人間が人間である限り、人間が好きなんだと思う。

 

ここまでネットが発達している現代でさえ、大切な話しをするときは、メールよりも電話で、電話よりもテレビ電話で、テレビ電話よりも直接会って話しをする。各国の首脳でさえそう。

 

本当に何を考えているかってのは、その人の目を見て、声を聞かないと判断できない。

 

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携帯電話でメールを頻繁にするようになったのは、多分いまから15年ほど前。僕が中学校のときだと思う。そのときってすっごいメールが好きで、僕の考えていることは全部メールで伝えられると思っていた。好きな女の子とも100%のコミュニケーションができてると当時は思っていた。

 

 

でも年を経るごとにメール(今はLINEだけど)でのコミュニケーションってチープだなと思うようになった。それって歳を重ねるごとに人の聴覚情報や、視覚情報を判断する能力が上がってきたからだと思う。こんな声色で、表情で誰かが何かを話す時は、「ああ、こういうことを考えているんだな」って高確率でわかるようになる。

 

 

だから大切な話しをするときは、メールよりも直接生身の人間と会って話すのが好きって人が多いと思う。

 

これは外国語でもそうで、やっぱり自分の言葉で、自分の声で話さないと本当のことは伝わらない。たとえそれが拙い言葉だったとしても。

 

英語学習は今後も必要

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そう考えるとね、英語学習って今後も必要なんですよ。別に英語だけに限らないけど、どんなに下手くそでもいい。外国語を自分の言葉で、表情で伝えることって、すごく価値がある。

 

上にも書いたけど、それが別に完璧な文章じゃなくてもいい。だって聞き手はそんなことほとんど気にしていない。メラビアンの法則をかりると、発した言葉は7%しか、聞き手に影響を与えないんだから。

 

だからとりあえず言語学習はAIが発達した未来でも必要になることは間違いないから、これからも学習を続けていくべきだと思う。

 

おわりに

そんな感じで今日は英語学習、言語学習の未来を記事にしてみました。

 

AIが発達した未来でさえ、自分の声と表情、ジェスチャーで思いを伝える大切さは変わらない。

 

だからどんなに発音が下手でも、話すのに時間がかかっても、自分の言葉で外国語を話すことは、ポケトークで話すよりも100倍の価値があると僕は思う。

 

ってことで言語を勉強している人は、明日もこれからも続けていきましょう!

 

そんな感じで、おわり。

 

ひつじ。

 

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