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ひつじ編集長の海外ラ・ボ!

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「非日常」を求めて旅に出ても、結局はどうしようもなく「日常」と出会う。

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こんにちは。

 

ひつじ編集長です。

 

最近変化のない日常に埋没しがちで、旅に出てた頃の感情をよく思い出してます。

 

旅に出る理由は様々でしょうが、僕を含め多くの人が非日常の景色を味わうため、旅に出ます。

 

でも旅先で出会う景色はそこに住む誰かの日常。

 

今日は僕が旅に出てたときに考えてた「日常」と「非日常」の話について書いてみようと思います。

 

日常に埋没するのが嫌で旅に出る

僕がとてつもなく旅に出たい気分の時は、いつも目の前の景色が変化のない日常に変わり始めたとき。

 

退屈だった高校時代も、就活を控えた大学生時代もそうでした。

 

ただ目の前の嫌なことから逃げたいだけなんでしょうね。

 

でも誰かと同じような日常に埋没していく自分を認めるのがいやで、「ここではないどこか」に旅に出たくなる。そして意を決して旅に出る。

 

もしかしたら、それは僕だけじゃなく、旅が好きな多くの旅人たちもそうなのかもしれません。

 

そこにあるのは誰かの日常

外国に行くと、どんな風景もはじめのうちは非日常で、刺激的で楽しいんです。でも1週間、2週間とその地にいると、だんだん始めの頃の非日常感というのは薄まってきて、逆に人々の日常がより目につくようになる。

 

僕が非日常だと思ってたのは、まぎれもなくその土地の人たちの日常です。

 

それが彼らにとって良いものなのか、悪いものなのかわからないけど、多分想像するに、彼らも僕が日本で味わってたどうしようもない、日常への埋没感を感じてるんだと思います。

 

誰かの日常が羨ましくなって、日本に帰りたくなる

そんな風景を見て、あれほど僕が日本で嫌ってた日常というものが、どうしようもなく恋しく思えてくるんですね。

 

どんな国に生まれたって、どんな悲しい運命を背負ってたって、少なくとも表面上は文句を言わず、地に根を下ろし生活する彼らの姿が立派な人間に思えてくる。

 

その地で日常を生きる人たちは、バッグ1つでつまらない日常から逃げ出した僕よりもずっと立派な人たちです。

 

老いて旅するは賢明ではない

みたいな言葉が僕の大好きな『深夜特急』で出てきましたが、まさにその通りだと思います。

 

旅したとこで結局待ってるのは誰かの日常です。

 

すべてのことを享受する側だった若い頃とは違い、10代のように両手をあげて若いとは言えない今、僕は日常を構成する一員でなければいけません。

 

いけません、とかいうとまた僕の性格上旅に出たくなるんだけど、結局は非日常を求めて旅に出たところで、誰かの日常を目の前に突きつけられるわけです。

 

そして日常が羨ましくなって、結局は日本に帰るんです。

 

まとめ

そんな感じでまじで何が言いたいのかよくわからない記事だけど、今「日常」を嫌悪して、非日常を求めてどこかに行っても、それは誰かの日常です。

 

結局この世界はどこまで行っても「日常」でできてるんです。

 

おわり。

 

ひつじ。

 

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